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荻生徂徠

荻生徂徠を30秒で知ったかぶるためのガイド。父が将軍の怒りに触れて一家は江戸を追われた。徂徠が13歳のころで、二十代なかばで戻るまでの十年余りを、上総の田舎で限られた本だけの独学に費やしている
荻生徂徠の肖像
🔥 思想
1666-1728
荻生徂徠(名は双松、号は徂徠)
荻生徂徠の決めゼリフ:父が将軍の怒りに触れて一家は江戸を追われた。徂徠が13歳のころで、二十代なかばで戻るまでの十年余りを、上総の田舎で限られた本だけの独学に費やしている
📌 30秒で分かる中身
江戸中期の儒学者。徳川綱吉に仕える医師の子として江戸に生まれたが、父が綱吉の怒りに触れて一家は江戸を追われ、上総国(現在の千葉県茂原市あたり)へ移った。以後の十年余りを田舎で、手に入るかぎりの本を読み込んで独学する。父の赦免を機に二十代なかばで江戸に戻り、私塾を開いたのち柳沢吉保に仕えた。学問の柱は古文辞学、つまり古い言葉は古い時代の用法のまま読むという方法で、言葉の意味は時代とともに変わる以上、朱子ら後世の学者の注釈を通して古典を読めば必ずずれる、と考えた。ここから、道とは天地に元からある自然の理ではなく、古代の聖人が世を治めるために作った儀礼・音楽・刑罰・政治といった制度の全体だ、という主張が出てくる。塾には門人が集まり、太宰春台や服部南郭を出した。
✅ 使える知識
「言葉の意味は時代で変わる」という話題で強い。古い契約書、昔の社内規程、法律の条文を今の感覚で読むと誤読する、という文脈にそのまま乗る。学説の中身に立ち入らず、読み方の話だけで持つのが安全なところ。
⚠️ 注意点
徂徠を最初から朱子学に反抗した人として語ると外す。1714年に出た『蘐園随筆』では、まだ朱子学の側から伊藤仁斎の学問を批判している。古文辞学がはっきり形になるのは1717年ごろの『弁道』『弁名』。しかも仁斎には若い頃、手紙で敬意を伝えたが返事がなく、のちに手厳しい批判へ転じたとされる。
💣 これだけは言うな地雷
赤穂浪士に切腹を、と論じた人として紹介されがちだが、ここは分けて話した方がいい。赤穂事件について徂徠が書いた文章自体はあり、『四十七士の事を論ず』は真作を疑われていない。真贋が決着していないのは、量刑を切腹と論じたとされる『徂徠擬律書』の方で、後世の偽作とみる立場も強い。そもそも裁定を下したのは幕府であって彼ではない。もう一つ、徂徠を近代政治思想の出発点とする読み方は丸山眞男の研究で広まったもので、その後の研究で見直しも出ている。動かない定説のように語ると、逆に古い理解と見られる。
🕰 同じ頃を生きた人
荻生徂徠(1666-1728)と、同じ頃を生きた人を生まれた年の順にならべた帯グラフ
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肖像: 作者不詳 / Wikimedia Commons / CC BY-SA 3.0 nl
肖像: Unbekannt / Wikimedia Commons / PDM-owner
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最終更新: 2026-09-01
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